宮崎勤 家族との生い立ち~人格形成に影響したものは?

      2017/10/11

宮崎勤 死刑執行 2008年6月17日。

この時宮崎勤、45歳。

この前代未聞の狂気殺人の犯人を作りだした彼の生い立ちと

その人格形成に寄与したものはいったい何?

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宮崎勤 出生時期、家庭環境は?

 

1962年8月21日

東京西多摩軍五日市町(現あひる野市)に生まれる。

 

父親は、地元で新聞会社「新五日市社」を経営しており、

祖父が町会議員、父がPTA会長・地元消防団副団長で、

立派な家に住んでおり裕福な家庭だった。

 

出生時は、2100g大の未熟児でカラダも弱く、手がかかる子だった。

 

両親が共働きで、母親が外回りも多く、子守りは主に

父がが経営する新聞会社の住み込み従業員の30代の男性と、祖父

が面倒をみていたようです。

 

この従業員は、知的障害を持っていたそうですが、一生懸命毎日、宮崎の世話をしたそうです。

 

宮崎実家

 

 

その後、妹2人も生まれてさらに母親も大変だったかと。

長男に対して、次女・三女の女の子には母親としても、育て方も違っただろうし。

さらに宮崎が、両親からかまってもらえなていなかった環境が想像できますね。

 

お金はあったが、愛情の量はが彼に伝わっていたかは疑問もある。

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幼少期~コンプレックスが彼を歪ませた?!その末路の事件、本当か

彼の供述によると、小さい時からの先天的障害があった。

 

”先天性橈尺骨癒合症”(とうしゃくゆごうしょう)という

簡単にいうと、手首が回らない病気。

 

手首が回らないと、日常のいろんな動作が難しくなります。

人から何かを受け取るしぐさ(おつりを貰うときなど)

お茶碗を持ったり、お箸を持って口に運ぶ動作や、ペットボトルで飲み物を飲む動作など・・

 

この事件では、5歳児の女の子から「おじさん、手が変よ」と言われて、

幼少期にバカにされたことを思い出し

カッとなって首を絞めて殺害した

と殺害理由を述べているようですが、、、。

 

5歳児の女の子が、初対面の一見わかりにくい障害を見抜き、指摘するのか。

 

供述はコロコロ変わっており、

自分から「おじさん、手が悪いんだ」と言ったら、それをバカにされた、、とか。

 

ただ、この症例に対する整形外科医のコメントがある。

肘を90℃曲げた位置でてが真横を向いていれば、肩関節を代償的に動かして、日常生活動作のほとんどは可能です。

このような状態であれば、成人になるまで気がつかれにくいこともあります。

 

たしかにやってみると、やりにくいが、できないことはないような気がする。

 

高校入学も、片道約2時間もかかる学校を選んでいる(明治大学付属中野高等学校)

本人は、手の障害を気にして、幼少の自分を知らないところで、

スタートしたかったニュアンスのことを話ているようです。

 

この障害のことについても、親に相談せず、祖父には悩んでいることを話していたそう。

親子関係が垣間見れます。

 

供述では、お箸を持てない自分が学校でバカにされているのに、

「親が手術してくれなかった」ほったらかされたような話をしています。

(ただ、学校の先生の話では、いじめなどはなく、

生涯に気が付かなかった、意外とスポーツが得意だったの話が・・)

 

しかし!

親に買ってもらった車ラングレーにも、乗って運転してたんですよね。

警察に連行される車の中で、タオルを顔に当てている写真もありましたが、手首は上を向いていましたよ。

 

彼は、精神障害でも、コンプレックスからくる被害妄想からくる殺人なんかではない気がします。

頭も悪くなく、普通の会話もできています。

 

常に

他責

幼児性

であることは間違いないでしょうね。

 

「~してくれなかった!」  親が、周りが!

私が犯罪を犯したのは、手に障害があったらだ!自分の責任ではなく、

手術してくれなかった親が悪い!

自分のことをバカにしたやつらが悪い!

 

ていうヤツなんでしょう。

 

自分に言い訳を繰り返して、真正面から人と向き合わず、逃げてばかりきた人生の結末は、

自分だけの悲劇ではなく、その何倍もの悲劇を不運にも関わってしまった人達に振りまいてしまった

悪魔ですね。

 

宮崎勤事件 テレビドラマ反響あり!その犯行動機と深い闇の記事はこちら

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